旧品川燈台

関西出張の帰りに愛知県犬山市の明治村に寄りました。お目当ては旧品川燈台と旧帝国ホテルロビーです。前日彦根城を見たので、南彦根に泊まり、明治村には開園と同時に入りました。

明治村は初めて来ましたが、素晴らしいところですね。特に有名なのはフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテルのロビーでしょう。私の目当ては旧品川燈台ですが。


 こちら品川灯台は来る人も少なく・・

 観音埼灯台、野島埼灯台、城ケ島灯台と並ぶヴェルニーの灯台です。それらはみな関東大震災で被災し、現在のものは再建されたものです。ヴェルニーのもので建設時のものが現存しているのはこの灯台だけです。

品川灯台は江戸条約で建設を約束した8灯台のうちの一つ。東京湾の第二台場に立っていましたが、1961年に台場自体が撤去されました。その後いくつかの場所を経由してここ明治村に保存されています。

またこちらには旧菅島灯台の退息所も移築保管され、内部が資料館となっています。

 こいつが旧品川灯台ですね。美しいです。
 このレンズは、どこのものだか忘れました。




 これは霧砲。霧笛発生装置の前はこれをぶっ放していたのだそうです。



明治期の灯台では「日本の灯台50選」とか「保存燈台」がありますが、この灯台もとても貴重なものですね。今日は出張の帰りに1日休みを設けてくることができ、とても有意義でした。また明治村もとても素晴らしかったです。

洲埼灯台・野島埼灯台ツーリング

千葉の豪雨災害の後、地元に少しでもお金を落としていこうと出かけました。

この日の日曜日は首都高も何故かすいていて海ほたるまでスイスイ。富津中央ICから県道88号線を館山まで南下します。途中、道の駅三芳村雛の里でかなり早めの昼食。ビンゴというお店のハンバーガーを食べ、地元のスイーツをいただきました。

ファストフードのチェーン店以外のハンバーガーってあまり食べない、というかハンバーガー自体あまり食べないので、新鮮な感じ。とてもおいしかったです。今日は旅先で2食の予定でしたが、結構腹持ちがよかったです。

 洲埼灯台には「がんばろう館山」の横断幕が。




道中あちこちでブルーシートが目に入ってきます。被災された皆様いまでもご苦労されているようで、ちょっと言葉もありません。

 野島埼灯台、こちらも「がんばろう南房総」でした。









今回の目的はリニューアルされた灯台資料館です。灯台カレンダーがもう売りに出されていたので今年も買いました。




 レンズは素晴らしいのですが、中の赤い光は・・・



広くはないですが、すっきりとした展示となっていました。
いい陽気の一日で、ツーリング日和でした。ガソリンを入れ、さらに喫茶店でセットを食べ、お土産を買って帰りました。

伊王島灯台・大瀬埼灯台

長崎出張の合間の時間を縫って、江戸条約8か所の灯台の一つ、長崎市の伊王島灯台と、日本の灯台50選の一つ、大瀬埼灯台を訪ねることができました。

伊王島は長崎駅から南西の方角、車で3,40分のところ。橋が架かっているので車で行けます。地図を見ると長崎港のまさに入り口で、オランダが建設を主張したというのも理解できます。


自家用車以外で伊王島に行くには、長崎港と伊王島を経由して高島まで運航している野母商船グループの船(http://www.nomo.co.jp/nomo/takasu-shunkan/)か、あるいは「i+Land Nagasaki(アイランド長崎)https://www.islandnagasaki.jp/」という伊王島にあるリゾート施設利用者向けの無料バスを利用します。自由に使える時間は8:30から13:30。それまでに食事を終えて戻ってこなければなりません。




8時50分発の船に乗り、たくさんの造船所を左右に見ながらおよそ20分で伊王島の港に到着しました。事前の調べではアイランド長崎でレンタサイクルが借りられるはず。波止場から10分ほど歩いてリゾートのレセプションへ。そこでママチャリを借りました。ここのリゾートはかなり大掛かりなもので、タワーホテルの他たくさんのコテージが並んでいます。レストラン、温泉施設の他、様々なアクティビティが用意されていて長期滞在を飽きさせないようにしているようです。首都圏でいえば熱海沖の初島のような感じ。海水浴場もあります。無人島ではないのですが、島民らしき人はあまり見かけませんでした。


自転車で海沿いの道を快適に走る。今日は天気よくぽかぽか陽気だ。午後の仕事に備えたスーツ姿でレンタサイクルを漕ぐおっさんの姿は異様だが、すれ違う人もない。道はやがて海沿いから離れ、山道を登っていく。自転車を押しながら汗をかきかきだが、帰りの下りの爽快さを想像して頑張る。

およそ30分で灯台に到着。


 青い空に白い灯台。万国旗もいい感じですね。ブラントンの灯台です。江戸条約で建設を約させさせられた8つの灯台のうち、ここの灯台はオランダの強い押しによるものと言われています。



 この角度から見ると六角形に見えませんが
 レンズは4等でしょうか

上の写真が下の説明にある初代灯台の基礎石。



 退息所は原爆の爆風が当たらない位置にあるため破損を免れ、現在は資料館となっています。戦前からの退息所の雰囲気をそのまま伝えています。

 こちらは本当の初点記念盤


 フレネルレンズも動態保存されています。

帰りは風を切ってリゾートまで戻り、日帰り温泉施設の「島風の湯(http://www.shimakazenoyu.jp/)」に浸かって長崎に戻ってきました。

さらに、本土最西端(沖縄以外で古代より日本人が住んでいたところ)、五島列島福江島の大瀬埼灯台にも行きました!あの映画『悪人』のラストシーンの灯台です。
まずは前日の夕方に展望台から見た大瀬埼灯台。この日は展望台まで。




翌朝、灯台を再訪します。主な目的としては大瀬崎展望台に立つ北村西望作の「祷りの女神像」を見て、その場所を確認することです。そのついでに灯台まで行ってみる(気持ちは灯台が一番ですが)というものです。

車道終点の駐車場から灯台までは行きは下りで20分、帰りは登りで40分です。





 LED灯でした。初代の灯台のレンズは東京・晴海のホテルマリナーズコートのロビーの照明に使われています。フランス製の一等レンズです。一見の価値あり。


天気は生憎でしたが、点灯しているところがみられてよかったです。

さて本当の目的である「祷りの女神像」です。これは観光客の行く展望所から少し離れた小高い山の上に立っています。車道から5分ほど登ります。

 長崎の平和記念公園の平和像を制作した北村西望氏の作品。これが見たかったのです。

この像の成り立ちについては上の鎮魂碑をお読みください。「祷りの女神」は何に祈っているのか、この鎮魂碑は誰の魂を鎮めているのか・・・
女神像は遠く西、茫洋たる東シナ海を望んでいます。そしてその先には大陸が。
大戦中、広島や門司に集められ船に乗せられた兵士たちのうち、ここの灯台が日本の最後の灯りだったという方も多数でした。